ディカプリオの「華麗なるギャツビー」はまばゆい限りの世界

The Great Gatsby

こんにちは!ひろさんかくです。

『ノルウェイの森』がベストセラーになった頃、村上春樹さんが絶賛していたので、野崎孝さん翻訳の『グレート・ギャツビー』も、その二十年くらい後、本人の村上春樹さん訳『グレート・ギャツビー』も、その間、原初のF. Scott Fitzgerald『The Great Gatsby』も(途中で挫折)読んだ。

映画化も2本されており、このディカプリオ編である2013年製作の「華麗なるギャツビー」が評判良いので、見たい見たいと思っていて、とうとう、実現した。

ディカプリオの「華麗なるギャツビー」はまばゆい限りの世界

概要

時代は1929年世界恐慌前の狂乱の20年代のアメリカ、ニューヨーク。バブル時代のような感じか。主人公のギャツビーが、夢を目指して、あと一歩のところまで来たのに、残念ながら夢には届かなかった、切ない物語。

もう少し、詳しく書くと、貧しい農村に生まれた少年が、こんなところでは終わらないと、血の滲むような努力と幸運もあり、成り上がっていく、その過程で運命の人と出会うが、戦争などあり、結婚する機会を逃してしまった。それでも諦めきれず、再会する機会を夢見て、毎晩、盛大なパーティーを催して待つ。再会後は、5年前に戻ることを強く望む。彼が求めるものが完璧すぎることもあり、簡単には夢は実現しない、むしろ、最悪の結末を招いてしまう。

感想

小説では、狂乱の1920年代ということもあり、派手なパーティー・シーンの描写とかがあったがイメージできていなかった。映画では、カラーで、見事ととしか言いようのない、ド派手なパーティー・シーンが演出される。有名な、ギャツビーが最愛の人デイジーに色とりどりのシャツを空中に投げかけるシーンの美しさは、意外と映画でも想像通りではあった。

当時の高級車で乗り回すシーンの危うさは小説ではイメージしきれてなかった。この映画では、最後の悲劇への伏線にもなるので、最初から、車の運転シーンの非現実的な走りが目を引く。

小説と映画は別物と思うし、小説は小説の良さ、映画は映画の良さがあるのは理解しているつもりだが、この映画を見て、この作品は映画、映像がある方が、強烈な印象を残すのではないかと思った。ひたすら映像が美しい。

感想その2

どうすれば、ギャツビーは夢を実現できたか?彼の失敗は完璧を求め過ぎたことだと思う。しかも、せっかく最愛の人と再会できたのに、彼女の決断・変心を待ちきれず、結論を急ぎすぎた。

別の人と結婚した事実を許せないから、一度も、愛したことはないと、旦那に向かって言わせないと気が済まない。もちろん、お金持ちのお嬢さん(本人曰く馬鹿で綺麗な)であるデイジーでも、一度は、愛して結婚した相手に対して嘘はつけない。それでも、完璧に過去を消し去ることを求めるギャツビー。過去は良いから、今、未来にこだわれたら、悲劇は起こらなかったかもしれない。

教訓:長い年月の夢を実現したいと欲するあまり、その夢そのものが絶対になってはいないか、冷静に見つめること。本当に望むことは何かを見失わなわず、夢そのものは状況に応じてアップデートするくらいの柔軟性が必要なのかもしれない。

もちろん、それでは、ギャツビーでなくなってしまうが。

違和感

パーティー・シーンでは、明らかにディスコサウンド(死語の世界か)のような音楽だったが、ジャズが生まれたのがこの時代だ。もう少し、アナログな音楽のほうが時代設定に合うような気がする。

1920年代のニューヨークのマンハッタンが、現代のように高層ビルがひしめいていたので、違和感を感じたが、実際に調べてみると正しかった。すごいなニューヨーク!

The Great Gatsby

Free-Photos / Pixabay

評価

映画の評価を出来るような人間ではないのは十分、理解しているが、忘れっぽいので、後々、どのような印象を持ったか目安として記載

[4/5] (5段階中の4)。ABCDEのB。「良」の評価

今後の予定

グルメブログ化していので、少しでも、映画、音楽関係の記事を書けるように文化的な活動を頑張る!

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