『こころの処方箋』by 河合隼雄氏を読んで その5

こんにちは!ひろさんかくです。

河合隼雄(日本におけるユング派心理学の第一人者で臨床心理学者)氏の『こころの処方箋』を読んでの「その5」(最終)です。ひとつひとつのエッセイが、じっくり考えさせられ、心の処方箋になりうるので、55個あるエッセイを丁寧に再読・精読してます。最終回です。

『こころの処方箋』by 河合隼雄氏 44.〜55.

44. 物が豊かになってくると子育てが難しくなる

45. 権力を棄てることによって内的権威が磨かれる

46. 権力の座は孤独を要求する

「権力者は孤独に耐える力を持たねばならない」「孤独に耐える力と権力者としての責任感の強さは比例する」

47. 二つの目で見ると奥行きがわかる

カウンセラーは常に二つの目で人を見ることができないといけない。甘い目と厳し目、男の目と女の目、主観と客観など。二つの目の組み合わせで、状況を立体的に把握しようとすることが大切

48. 羨ましかったら何かやってみる

「羨ましい」感情が強いとき、心のなかに何らかの未開発の部分がうずいている。困難を伴うが、それを探してみて、試したり、やり抜くことで「羨ましい」感情も減っていく

49. 心配も苦しみも楽しみのうち

50. のぼせが終わるところに関係がはじまる

51. 裏切りによってしか距離がとれないときがある

52. 精神的なものが精神を覆い隠す

53. 「知る」ことによって二次災害を避ける

54. 「幸福」になるためには断念が必要である

各人は己の器量と相談しながら、自分の生き方を創造してゆくより仕方がない」「幸福」を人生の究極の目標として突き進むのもひとつの生き方ではある。その場合「これでよかった」といえるとしても、自分や他人の「幸福」を破壊するかしれないという覚悟が必要

55. すべての人が創造性を持っている

人間が生まれてくるということは「創造の種子」をもっていること。創造の種子が発芽し、戦ったり妥協したり、方向展開してみたり、いろいろなことが起こり、その人なりの「創造の作品(=人生)」ができ上がってくる。

創造には犠牲がつきもので、そのことも明確に意識し、自覚を持って「私が生きた」と言える人生をつくり出すことが必要。「「私が生きた」という実感をもったとき、それはいつ誰によっても奪われることの無いものであることが明らかで、「創造」の実感も伴うはず」

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「」は本著より引用。「」なしは要約

『こころの処方箋』を読んで その5

47. はカウンセラーだけでなく、職場や家族や他人との人間関係でも、表面だけで判断せず、複数の見方で観察し、相手の状況を知ることが必要と理解。

54. と55. は本著の集大成のようです。難しい。世の中、幸せそうな人で満ち溢れているように見えることが多いですが、自身の幸福を追求することさえできない事情を持った人もより多くいると思う。相手の幸福を優先し自分の幸福を犠牲にしたり、我慢している人もたくさんいると思う。

それでも、最後に「私が生きた」と思えるような人生を過ごしたいのは誰もが同じことではないかと思う。だから、多少の犠牲がでることの覚悟をもって、心のエネルギーを消費しながら、悩みながら、苦しみながら、あれこれ模索してく生きてゆくことが大切なんだと思う。何もやらないでは「生きた」と言えないと思う。

今後の予定

その1」「その2」「その3」「その4」に加え、今回「その5」で全55エッセイ精読完了しました。きっと、また、別の機会にこの本を読むと、違う感じ方をする気がしますが、今回は、二つの大きな気付きを得ました。

  1. 人の心など分からないので、人と触れ合う時は、表面的なことや、突発的なことで決めつけない。落ち着いて、じっくり人を見ていくこと、接していくこと。他人の心は分からないけど、真剣に分かろうとする気持ちを持つこと
  2. 「己の器量」でいろいろあきらめてきたけど「生きた」と思えるようになりたい。そのためには、自分や他人としっかり向き合っていかないといけない、心のエネルギーを消費するから(疲れるから)といって逃げてばかりいてはダメ。犠牲をともなう覚悟ももって「人生を創っていくこと」

いまは、人生何度目かの大困難のど真ん中にいますが、持ち前の粘り強さで、まずは、このツラい時が過ぎるのを耐えながら、次への準備を進める。

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