「つながる by ひろさんかく」運営方針の件 2020/11/10

こんにちは!

ブログの運営がおざなりになりつつあるので、このあたりでブログの運営方針を考えてみる。TABICA(体験シェア・サービス)を始めて、ブログ記事と、TABICAノート投稿の混在が、ぐちゃぐちゃに拍車をかけたので、この際、交通整理する(できるかな?)

そもそも、やみくもに始めて2年も続いたのだから、一度、立ち止まって見直す良いタイミングだと思う。

1.そもそもなぜ始めたのか?

2年前、人生に対し、あれこれ思うことあり、一人もがいていた。その頃、精神科医の樺沢氏(『アウトプット大全』で有名な)やホリエモンなどが、情報発信の必要性を訴えているのを耳にする。突如、ブログに興味を持ち始める。

最近のコロナ禍でのホリエモン氏の言動もあり、ここで彼の名を出すのは腰が引けるが、当時は、彼の情報発信に関する意見は参考になった。

その頃は、Facebookのお友達も、会社関係者(しかも幹部も含む)で埋まり、もはや、まったくプライベートな空間ではなくなっていた。しかも、朝から晩まで休みなく働きづめの仕事人間は、人との繋がりなど希薄で、事実上、外界との接続は遮断されているようなものだった。

Twitterは大量のTweetに辟易していたし、インスタでは、映えないおっさんの自撮りはありえないだろう。SNSだけでは情報発信の手段にならないのも、ブログを始めようと考えた理由のひとつだ。

そのな悶々としている頃、ある日突然、奇妙な病に罹り死ぬ。当時の様子は、この記事「ミラー・フィッシャー症候群」治療記録④に詳しい。振り返ると、肉体的か精神的か、もっと致命的な病で致命的な状況に追い込まれていても、おかしくなかったと思っている。

幸い、後遺症も残らず、3ヶ月もの自宅療養という名の自由時間を得る。この病に罹った時点で、人生の充実さを求め、死ぬほどもがいていた私の人生は終わったと思った。

残りの人生はギフトのようなもの。せっかく、やり直すチャンスを与えられたのだから、退院後は、人生の第二幕(「残りの人生のスタートの日」)の始まりと思うことにした。

そして、プチ定年後生活のような自宅療養期間中、頭を錆びつかせないためにも、ブログを始める。その当時、10万人に1人くらいしか罹らない希少病のため、ネットに闘病記のような情報がなく、非常に不安で心細かった。まずは、この病気の闘病記も、情報発信の一環で提供しようと考えた。

その後すぐ、私がやったことは、エックス・サーバーをクラウドで借りて(月額1,100円)、自前ドメイン(hirosankaku.com)を取得し、OSSのブログソフト(Word Press)に、専用のテーマ(stork)を買ってインストールした。

顔は出したくないので、ココナラで顔のアイコンのイラストを書いてもらう。そして、個人ブログの運営を始めた。

今なら、スラスラ言えるが、当時は、日本語とは思えなかった。いちいち設定でつまずいては何度も心が折れかけた。それでも、ネットで検索すれば無数に解決方法があり、時間と少しの根気さえあれば、ブログの立ち上げは、それほど大変ではなかった。

大変なのは運営であり、記事の作成の方だと分かるのは、もうしばらく立ってからのこと。

広告について、当時は、中途半端にアフィリエイトみたいな広告収入にも関心はあった。それでも、一切、やらないことにした。

なぜなら、ブログ上の広告そのものが鬱陶しく嫌いだった。さらに言うと、アクセス数を増やすために、SEO対策とか言って、ブログ記事のタイトルや内容にまで、世の中のご機嫌を取るのも好まなかった。

そんな大衆迎合よりは自由が欲しかった。その後、想像を絶する低アクセス数に、多少のSEO対策の勉強と対策をすることになるのは、ブログあるある。

私のブログの運営方針をお伝えするはずが、前置きが長くなったので、次回のお楽しみとする。

「つながる by ひろさんかく」運営方針の件2へ、続く。

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