淡々と切ない話が語られる『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ

こんにちは!ひろさんかくです。

積読は恐怖だ。時間が経つと買った時の勢いや関心が薄れていく。次々と新しい本も買ってしまうから、何冊も未読が積み上がっていく。あげく「なんでこれ買ったんだっけ?」と買った理由すら忘れてしまうこともある。こうなってくると絶対に読まない。たいてい、目の届かない闇に葬り、忘れたことにする。

この本はキンドルの電子的な在庫の中に紛れていた。この本を読みたいと思った理由は明らかで、日本出身の日系イギリス人のノーベル賞受賞作だからだ。いまでも読みたいとは思っている。ただ、重い話は疲れそうなので、いまは読む時期ではないと、たびたび、先延ばしにしてきた。今回、かろうじて読み始められたのは、普段使っていないiPhoneのキンドルアプリに関心を持ったからだ。

幸い、本著の予備知識を知らず読み始めたことが、この本を読む上では、さらに面白くさせることになる。

『わたしを離さないで』カズオ・イシグロの感想

この本の概要等は、ネットでいたるところにあるから省略。いきなり感想から始める。繰り返しだが、この本は、あまり予備知識を持たずに読むことをオススメする。理由は、あっさりと重要な背景が、読み進めるに従い、次から次へと出てくるからだ。読者は、最初は手探りだが、時々出てくる情報を元に、主人公である彼らの置かれた境遇や将来を想像しながら読み続けることになる。まるで推理小説かのように。全体像が見えてくるにつれ、少しずつ、彼らに感情移入していることにも気が付く。もちろん、何もしてあげられることはない。はかなく、せつなく、絶望的な結末に向かっていくだけだ。

著者がこの本に込めたメッセージはなんだろう?

科学技術の著しい発展が進む中、一部の富める人を優先し、倫理、人権がないがしろにされかねないことへの警告なのか?

なぜ、彼らは抵抗しないのだ?

映画「ブレードランナー」のレプリカントでさえ、あのような行動を取ったのだ。彼らでも、もっと激しい抵抗ができたのではないか? (レプリカント:人造人間)

抵抗しなくても、逃げることはできるだろう?ここが最大の疑問だ。

仮説だが、そのような抵抗や逃亡をしないように、教育、育てられたからか?狭い世界で育った彼らは、社会に出ても、接する世界は限定的であり、彼らが育った世界・環境の延長線上でしか、ものごとを考えられないからか?

彼らの行動や発想に限界があっても、世間は許さないだろう?なぜ、この物語は救いようがない話を貫くのだろうか。必ず、どこかに救いがあるはずではないか。

この救いようのなさ、絶望感が高まるところで本著は終わる。余韻と反動だけが、読後、一週間立っても抜けない。そのような覚悟を持って読む必要がある小説である。

iPhone キンドルアプリの感想

キンドルのPDAも持っているが重い。しかも、スマホ以外に充電に気を配らないといけないものを、これ以上、持ちたくない。iPhoneのキンドルアプリは、文字が小さいか、大きくしても1ページに表示される文字量が少なくなり、読みにくいのではと思っていたが、誤解だった。非常に便利だ。目も疲れない。満員電車でも、指ひとつ動かすだけでページがめくれる。長らく、本は紙に限ると言ってきたが、今回、見直すきっかけになるかもしれない。できれば、電子書籍の世界にも、ブックオフのような古本業界が成り立つことが望ましい(無理なのは分かっている)