最初の海外駐在(カリフォルニア)を振り返る

こんにちは!

黒歴史と言うほどではないが、ブログでも雑談でも自分の初めての海外駐在の本当の話はしたことがない。このブログでもTABICAのノートでも、楽しかったエピソードは多数、披露している。

苦労話をしない理由は、誰も人の苦労話は聞きたくないか、興味がないと知っているからだ。それでも、今回、2回目の海外駐在に赴くにあたり、なんらかの振り返りのようなケジメを付けておきたいと思っている。

苦労話は避けながら、その初めての駐在前に、どのようなことを期待したり、目標にしていたか?結果、何を得て、何を失ったか?振り返る。

個人情報がばれない範囲で、約10年前、初の海外駐在時点の私や私を取り巻く状況は以下だった(と思う)。

  • アラフォー → 人生でも仕事でも転機や、何らかの努力を伴う修行の場を求めていた
  • マネージャーになり仕事は、初めて楽しくなってきた。それでも、今後、どのようなビジネスパーソンになりたいのか、目標は定まっていない → 今までやっていない仕事や刺激を求めていた
  • あまり会社という組織は好きになれず、派閥や上司とかのコバンザメのようなことは嫌う。結果、職場では拠り所がなく、居心地悪さは常に感じていた → 転勤の経験もなくマンネリ。勤務地を変えることで、新しい人間関係を求めていた
  • 海外留学も研修の経験もない。外国人と働いた経験は2年程度。日本から出張で現地に行ったり、時々、電話会議に参加したり。あいにく英語力は自然災害レベル → 英語を勉強したい
  • プライベートでシリアスな問題を抱えていた。身近な人との人間関係と、ひどく悪化する可能性がある持病 → 現実逃避、とにかく逃げたかった
  • 趣味では、ギターのサークルを主催し7,8人のメンバーと月に一回スタジオで練習。このサークルを始めて知り合ったメンバーなので、仕事も何のしがらみもない → 彼らと離れ離れにはなりたくなかった

会社でも中堅となり、初の転勤として、寝耳に水の海外駐在の内示(打診のようなもの)が来た。話が来た時、断る気は起きず、どうやったら実現できるかしか考えられなかった。

一番の心配は持病だった。海外駐在許可が得られないリスクがあった。実際、数年前、別の海外赴任話はこれを理由に断っていた。今回は、必死だった。主治医に相談し、その協力で乗り切れた。

激しい任務になるので、バレたら帰らされると思い、日本にいる時と同様、このことは誰にも話さなかった。そして、内示の2ヶ月後、シリコンバレーのど真ん中、全世界に事業を展開するIT系の会社の日本人としては最年少執行役員として着任した。

駐在前の目標はただ一つ「決められた任期を全うする。帰国する時は、帰らないでくれと言われるような存在になりたい」。アメリカなので、仕事ができないローカル社員は普通にクビになる世界。日本人の駐在員も外国人ボスの部下なら、使えなければ強制送還もある。

記憶が確かではないが、3年間、平日は早朝から夜遅くまで働き続け、週末も完全に休むことなく働いた。日本語と比べ英語では何倍も時間が掛かるからだ。努力努力努力の毎日。

成し遂げたことは?

帰任する時、上司だったアメリカ人女性のボスから、あなたが望めば、好きなだけここで働いてもよいわ。私が直談判するから。どうする?と聞かれた( もちろん、やんわり断ったが、何と言い訳したか覚えていない。とても嬉しかったが、一秒でも早く日本に帰りたかった)

得たことは?

  • アメリカ人の同僚から親友だと言われ、彼らのチームの仲間に入れてもらえた。外国人と緊張しないで仕事ができるようなる
  • 英語は自然災害レベルから、人災レベルには改善
  • 担当した仕事に対する責任感が強くなる。仕事のやり方が大胆、ダイナミックになる。目標達成のためには、豪腕だったり、電光石火のような動きや、遠慮なく意見を言うようになる。それでも、地べたに這いつくばるような地道な仕事もこなす。日本人とアメリカ人がミックスしたようなビジネスパーソンになれたかな
  • 会社員としてでなく、人としても自信を持てるようになる
  • 多少、明るくなる
  • メキシカン料理やビールにハマる
  • 持病は実際、悪化したが、現地の有名大学で、世界的にも権威ある先生に診て頂く機会があった。数年内には特効薬が出てくるから、それまでの辛抱と聞く。20代からずっと苦しめられたにもかかわらず、帰国して数年後、その薬であっさり完治してしまう。現在、健診では何の問題もない(人格には難あるが)
  • お金も貯まる
  • 仕事でいろいろな国に行けた

失ったことは?

あまりないかもしれない。残念だったのは、帰国後、地方に転勤となり、ギターサークルの仲間とは疎遠になってしまったこと。

ネットすると

財務・経理畑の人間なので、損得勘定で物事を捉える悪い癖がある。つい、得たことと失ったことのバランスを比べてしまう。実際、3年のアメリカ生活は、文字通り、命懸けだった。それでも、得たことの方が圧倒的に多く、人間としての成長を考えると、全く後悔していない。

問題は、二度と海外駐在することはないと決めていたこと。実際に起こるなら、それは悪夢と考えていた。それが起こったのが、今回だ。

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