本名でブログを書くとどうなる?

(2分くらいで読める)

こんにちは!

12/13(日)の日経新聞文化面の小説家、木下昌輝さんのコラムが面白かった。独身で、普段、執筆活動中心の生活のため、もともと人と会話することが少ない。それ故、コロナ禍の自粛期間中でも孤独を感じることもない。

ただ、Youtubeにハマり、面白いYoutuberの動画を見るうちに、人気Youtuberに関心を持ち、しまいには、ご自身もユーチューブチャネルを開設したそうだ。

最近、お知り合いの講談師(玉田玉秀斎)と動画も公開するようになる。その結果、動画制作関係者と濃厚に会話する機会が増え、とても楽しんでいると言うようなお話。

短い文章ながら、ご本人の日常に加え、人柄や、日々、いろいろ楽しまれている様子が手に取るように伝わってくる良いコラムだ。直木賞候補にもなる歴史小説家であり、軽妙でスラスラ読ませる文体が心地よく、私が普段、めざしているスタイルだ。

この方の小説は読んだことがないが、歴史小説だけに、コラムの書きっぷりとの違いに興味を持った。名前や経歴、顔出しもしているので、コラムのネタにも、それほど制約なく日常を書けるのは、うらやましく思う。

以下、ご本人のツイッターのプロフィールから引用

木下昌輝@歴史に翻弄される歴史小説家 @musketeers10
チラシの答え)全て衆道の組合せ 小説家。単行本デビュー『宇喜多の捨て嫁』が直木賞候補に。直木賞候補3回、山風賞候補2回など。宇喜多家、新撰組、武蔵、絵師、斎藤道三などを題材に執筆。執筆に悪戦苦闘し、新人賞攻略ノウハウも呟く。肉を焼くことと織田信長と #麒麟がくる が好き。

一方、私自身、ブログ記事で気をつけているのは、本人を特定されないこと。顔も本名ももちろんだが、住所、会社、経歴、年齢、家族構成、具体的な出身、詳細な経歴など、意識して、ぼやかしている。

もしかすると、このような個人情報を隠すという制約は、コラムやエッセーを書く上では、不利になるのかもしれないと思い始めた。例えば、記事に、プライベートに関する固有名詞が、極端に少ない。必然的に、読者はイメージが湧かなくなるとか、親しみも湧かなくなるとか。。

それでは、逆に、プロフィールは、イラストではなく顔写真にして、本名でブログ記事を書いたらどうなる?!

この「ひろさんかく」というニックネームでググると、ひろさんかく関係の記事が大量に出てくる。本名でエゴサーチしても、つまらない仕事関係の情報がわずかに出てくるだけだ。想像してみよう!そこに、本名でのブログ記事も入ってくることを。

かなり高い確率で仕事関係者の目に触れることになる。普段、真面目で忙しい仕事人間のフリをしているため、誰も、私が、毎日のようにブログ記事を更新しているとは信じられないはず。私が「たびか」という体験シェアサービスで、ホスト活動をしていることも信じられないはず。

つまり、匿名性をなくすと、ブログ記事がつまらなくなる。なぜなら、ブログ記事でも、表向き、真面目で忙しい仕事人間になるからだ。仕事で超多忙と思われているので、食べ歩いているグルメネタは書かなくなる。はしご酒などもってのほか。映画ネタも読書ネタも厳選。

「匿名性があるからこそ、ブログで好き放題書ける」が、今日時点の結論だ。

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